JOURNAL #2

京菓子司 千本玉壽軒 元島真弥さん

きちんと向き合って食べてもらえる、
そんなお菓子を常に作っていきたいですね。

st03

 

knot caféは、2015年7月、北野天満宮のお膝元という由緒ある地に縁あってオープンしました。 開店当初からのメニューであるチョコレート大福、CHOCO BOURO、KITANO BROWNIEをはじめ、今やすっかりカフェの顔となった出し巻きサンドやあんバターサンドなどは、カフェの所在する地元・北野で長らく愛されてきた名店とのコラボレーションによって誕生したものです。 この地に長く根付くカフェでありたいと願う思いから、同じ北野にある幾つかのお店とご縁を結ぶことができ、幸運にもご協力頂くことができました。ここでは、カフェにご協力いただいているお店の方々に今回のコラボレーションのエピソードのほか、さまざまな角度からお話をうかがい、ご紹介します。

 

京都が世界に誇る西陣織。その反物に見立てた美しいお菓子「西陣風味」で知られる千本玉壽軒さんですが、これはいつどのように生まれたのですか?

うちはもともと、今出川大宮にある本家玉壽軒(創業慶応元年、1865年)からの暖簾分けになるんです。初代は嫁のお祖父さんに当たる人で、昭和13年に創業しています。本家玉壽軒さんの娘さんと結婚されたのを機に暖簾分けで千本今出川に「千本玉壽軒」として店を構えました。私で3代目ですが、私も結婚してこの店に入りましたので、この世界に入ったのは30歳を過ぎてからなんです。もっとも嫁とは学生時代に知り合いましたので、若い頃からアルバイトでは店によく来ていたんですが(笑)。この世界に入ってからは、やっぱり技術を身につけないと話にならないと思いまして、それから学校に通って、菓子製造技能士1級など取れる資格はできるだけ取りました。指導員の資格も取って、今ではよそに教えに行ったりもします。思えば店に入ってからは本当に菓子作りばかりに時間を費やしていました。

「西陣風味」は西陣の地に新たに開業したお店の看板商品となるよう、創業者である祖父が考えたお菓子です。胡麻餡を求肥でくるりと巻いて表面に氷餅(お餅を凍結乾燥して結晶化させたもの。キラキラとした光沢がある)散らして西陣織の反物に見立てました。たとう紙に包んで観世より(こより)で結んだ姿は、まさに西陣織といった風情で、今見てもよくできたお菓子だなと思います。当初はそのまま反物のような長方形の形だったのですが、このお菓子を催事でよく使ってくださっていたお得意様から、「茶席で出すお菓子なので切れているほうが食べやすい」とアドバイスをいただき、現在のような二切れの形になったのだと聞いております。

 

 

上生菓子やお干菓子なども人気ですが、裏千家さんのほか、仁和寺や金閣寺、大覚寺など錚々たるお寺にお菓子を納めていらっしゃるんですね。

そうですね。もうお祖父さんの代からの古いお付き合いのお寺もあれば、最近になってお稽古菓子をお届けするようになった裏千家さんなど、さまざまです。お寺にお納めしているお菓子は、境内でのみ販売されていたり、お寺のお茶席などで出されている限定菓子で、他所では買うことができないお菓子です。お寺ごとのご要望などを聞いてそれぞれに合うものをお作りして納めています。ほかにもご相談を受けて、お菓子をお作りすることは割合あります。幸いうちのような規模ですと比較的お引き受けしやすいというか、それが主菓子であろうとお干菓子であろうと、先方のやりたいことやお考えをまずお聞きして、うちの技術でやれることであれば、「では、こういうのはどうですか?」と提案して、コミュニケーションを取りながらお菓子を仕上げていきます。

st02

 

 

和のオリジナル文具を扱うお店ともコラボでモダンなお干菓子を作られていますよね?

「日月菓」という和三盆糖を使ったお干菓子ですね。もうずいぶん前の話ですが、雑誌のある企画用にお茶会の主菓子を1つ創作で作って欲しいというご依頼があって、お作りしたのがきっかけで、その文具店のデザイナーさんと知り合いました。彼女の作る文具は和を基調にしたものが多かったので、僕もデザインが好きで時々文具を買いに行ったりして、その後もお付き合いが続いていたんです。ある日たまたま彼女がうちの店にお菓子を買いに来てくれた時にお店で雑談していて「今、ちょっとお干菓子の新作を考えていて…」と何気なくお話ししたところ、「クールですね」と反応が返ってきたんです。で、いろいろ話しているうちに「一緒にやりましょうか」ということになった。じゃあ、お干菓子の箱の中に薄い中紙を入れたいので、そのデザインを描いて欲しいとお願いしたんです。お干菓子は、はじめ私の頭の中では胡麻を入れたりといった味のバリエーションで考えていたんですが、彼女と話すうちに色のバリエーションで作る方向になりました。「日月菓」の「日月」といえば陰陽。陰陽五行思想と京都に深い関わりのある四神(四方の方角を司る神様)をモチーフとしたカラー展開で、4種類の色違いの商品になりました。パッケージデザインもなかなか素敵な仕上がりです。

 

 

今回のカフェとのコラボレーションはいかがでしたか?

knot caféさんから今回のお話をいただいた時、ぜひ協力させてもらいたいと思いました。チョコレートというのは、今まで全然やったことのない素材だったので、扱いが難しかったですけど(苦笑)。CHOCO BOUROのほうは、うちには「すてぃっくぼうろ」という商品がもともとあったので、シンプルにすぐ思いつきましたね。ぼうろ自体、松葉ぼうろとか昔からあった商品なんですけど、年に一度、正月くらいしか作らない商品だったんです。「美味しいのにもったいないな」とずっと思っていて、それである時、若い人にも気軽に食べてもらえるようにスティックタイプにしてみたらどうだろうと思ったんです。砂糖、抹茶、黒砂糖の蜜をかけて試しに作ってみたら意外と評判もよかったので、眠っていた商品が活性化されて、よかったなと思っていたんです。そのスティックタイプのぼうろにチョコをかけたら、絶対美味しいと思ったんですよ。見た目もポップですしね。それで試作してみたところ、すんなりとOKが出ました。ただ、意外とチョコレートのコーティングの温度管理が難しいんです。溶かすときに温度が上がりすぎるとブルームという表面が白くなる現象が出てしまうし、かけたチョコがなかなか固まらない。夏場は特に要注意です。対策を製菓学校の人に尋ねたりして、今でも難しいなと思いながら日々作っています(笑)。

あともうひとつ別に、自分でふとやってみたいなと思って提案したんですが、薯蕷饅頭の皮生地を使って新しいものを作ってみたいと。で、チョコを混ぜたらケーキみたいにならへんかなと思ったんです。薯蕷の皮生地だけにチョコを刻んで混ぜて蒸し上げて、さらにオーブンで焼き上げて表面をカリッとさせたものを試作して、「こんなのも作ってみたんやけど…」と出してみたんです。knot caféさんに試食してもらったら「ブラウニーっぽいですね」という感想が返ってきて、それでめでたく採用となり、KITANO BROWNIEというネーミングになりました(笑)。

st04

山芋に砂糖を加えて米粉を混ぜ蒸し上げた薯蕷生地のモチモチした食感と、ほろ苦いチョコとの相性が新鮮なブラウニー。

 

 

最後に、京都という伝統的な地で和菓子を作り続けていくうえでの意識や、ものづくりの姿勢についてお聞かせください。

うちは3代続けて後継が外から入っていることもあって、外からの目線で客観的に見ることができる立ち位置を持っているように思います。なので近視眼的な視点にならずに広く受け入れられる土壌がある。私は、先代や先々代が考案したお菓子は極力そのままの形で残したい、伝えていきたいとは思いますが、自分の代で作るものはいろいろな新しい情報も入れながら、試行錯誤も楽しんで作っていければいいなと思っているんです。機会があれば新しいことにチャレンジするのはよいことだと思いますし、うちで修業している若い子なんかも、若いうちに引き出しをたくさん作っておくべきだと思うんです。いろんなことを知って自分の中に多くの引き出しを作って、たとえそれがずっと使うことのない引き出しで終わるかもしれないけれど、引き出しを持っているのと持っていないのとでは雲泥の差があると思う。そういうことを教えられたらいいですし、自分自身も実践していきたいですね。

それから、私がお菓子を作るうえで、ずっと思っているのは、お菓子というものは、パッと目の前に出された時に何かを感じる、感動できるものが何かひとつないとあかんと。お出しした際に「綺麗やな」とか「おいしいなあ」とか、なんでもいいんです。まず何か感じてもらうことから、一緒にいる人との会話が弾んだりする。そういう役割がお菓子の有り様だと思うんです。お茶席でお菓子が出される意味も、そういうところにあるんじゃないでしょうか。だがらテレビを見ながら無機質に、ながら食べするようなお菓子は作りたくないんです。きちんと向き合って食べてもらえる、そんなお菓子を作り続けていきたいと思っています。

st01

千本玉壽軒
京都市上京区千本通今出川上ル上善寺町96
075-461-0796