JOURNAL #1

長五郎餅本舗 21代目当主 藤田典生さん

北野天満宮と共に400有余年、
いつの時代も変わらぬ名物「長五郎餅」を守り続ける。

 

knot caféは、2015年7月、北野天満宮のお膝元という由緒ある地に縁あってオープンしました。
開店当初からのメニューであるチョコレート大福、CHOCO BOURO、KITANO BROWNIEをはじめ、今やすっかりカフェの顔となった出し巻きサンドやあんバターサンドなどは、カフェの所在する地元・北野で長らく愛されてきた名店とのコラボレーションによって誕生したものです。
この地に長く根付くカフェでありたいと願う思いから、同じ北野にある幾つかのお店とご縁を結ぶことができ、幸運にもご協力頂くことができました。ここでは、カフェにご協力いただいているお店の方々に今回のコラボレーションのエピソードのほか、さまざまな角度からお話をうかがい、ご紹介します。

 

北野名物、長五郎餅の由来は天正年間にまで遡るそうですが、まずはお店の歴史からおうかがいできますか?

かつての北野天満宮は、現在の敷地よりももっと大きかったそうです。この店がある商店街は戦後「下の森商店街」と呼ばれていましたが、天満宮の敷地には、北の森、中の森、下の森とありまして、ここらへん一帯は下の森だったわけです。いわゆる参道で露店などがたくさん並んでいたところです。そこで私どもは茶店を営んでおりました。
天正14年に、秀吉が豊臣姓を賜り、太政大臣になって豊臣政権を樹立しました。その翌年、天正15年に北野天満宮で「北野大茶会」が開かれたんです。派手好きで周りを巻き込むタイプの人だったそうですから、それは豪華な神前大献茶会となりました。その折に、参道にもたくさんの露店が並んでいたわけですが「下々の者まで楽しむように」との仰せだったと伝え聞いています。当時、露店仲間の間でも評判の餅を作る者がおりまして、河内屋長五郎といいました。
「せっかくやし、太閤さんに食べてもろたらどうか」ということで、お餅を献上させてもらったところ、その後、秀吉公に店主が呼ばれまして「お前の名前は何という?」と聞かれ、「長五郎と申します」と答えたところ、お餅を褒めていただき、「この餅にお前の名を付けてこれからも作っていくように」とのお言葉を頂戴したのが、私ども長五郎餅本舗のスタートというわけです。1587年、旧暦の10月1日のことです。それから私どもはずっと同じこの地で長五郎餅を作り続けておりますが、その後、天満宮のほうが移動されて北へ上がられたわけです。
そんなわけで、私どもはずっと北野天満宮の「お出入り」やったんです。ですので、年中いろいろあります神事ごとに、それにかかわるお鏡餅やお赤飯などはすべて当店で承っておりました。今でも、行事ごとに「いつものセットを」と毎回電話がかかってきます。本殿以外の摂末社だけでも、現在北野天満宮には54社ものお社があるんです。そのお社ごとに様々なお餅をご用意したり、あるいはお祝い事があれば、餅まき用のお餅を納めたりしてきました。

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戦後の混乱期を過ぎ、日本もだいぶ落ち着いた時代に入って余裕を取り戻した頃のある日、宮司さんがお店を訪ねて来られて「勉学の時代になってきたこともあり、北野天満宮もずいぶん参拝客が増えてきた。それで天神さんに参拝に来られる方が休憩できるような茶店を境内に出しませんか」という話をしに来られたそうです。天満宮が少し北へ敷地を移されたことで、もとは参道に位置していた当店も境内からは少し離れた場所になっていましたので、宮司さんから頂戴した提案に「もちろん、やらせていただきます」ということで、新たに境内の茶店がスタートしました。それからはずっと天満宮の縁日の日に私どもだけが境内でお店を出させていただいて、ずっと変わらず長五郎餅とお茶のセットをお出ししてきました。ですので、うちの商いは基本的に長五郎餅一筋です。戦後は少しずつ他のものも作るようにはなっていますが、うちはそもそも餅屋。だから菓子屋とは違う。餅屋ですから、もち米を主体にしたものか米粉を主体にしたものを作っています。長五郎餅以外には季節のお菓子も少しは作りますが、ほとんどが節句の柏餅や桜餅といった生活に密着したものですね。

 

 

長五郎餅はどのように作られているのですか?

長五郎餅は、400年以上の歴史を持つ菓子で、後世のあん入り餅の祖とも言われています。さらりとした漉しあんと柔らかでなめらかな餅の口当たりが特長で、これはもち米を蒸して加工してから、もう一度蒸すという工程を経ることで伸びのよい餅に仕上げているんです。明治維新までは皇室の御用達として各宮家のご愛顧を賜ってきました。
私はね、父親を早くに亡くしまして、父が42歳、私が16歳の時でした。祖父母から店を継ぐようにと言われ、決心しました。まだ10代ですから、抵抗がなかったわけではありませんが、商売も好きでしたしね。それから2~3年、外へ修業に出て18歳の時に戻って家を継ぎました。老舗の後継に生まれた者の矜持として「伝統を絶対に変えてなるものか」と思っていました。家業を継ぐまでは無意識でしたが、先祖から脈々と引き継がれてきた精神のようなものが私のDNAに宿っていたようです(笑)。
継いだ当初は、「いかにして伝統を守るか」ということばかり考えていた私ですが、30代、40代、50代と歳を重ねるにつれて少しずつ考えも変わってきたように思います。店の代表として外へ出る機会も多くなり、同世代の店主の方たちと話をすると、やはり京都で長く残っている店というのは時代に合わせてやってきたからこそ今も残っているのだと言う人が少なからずいらっしゃいます。そんなこともあり、「変わる」ということも大事なのかなと思うようになりました。だから、最近は息子の話もよく聞くようになりましたね。息子は今は一緒に店を手伝ってくれていますが、以前は美容師の仕事をしていたこともあり、お客さん、特に女性の心理はよくわかっている。リピーターになってもらうにはどうしたらいいか、心を掴むコツみたいなものには私よりも長けているようで、彼の考えを聞くと参考になります。

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今回のカフェとのコラボレーションについては?

最初、knot caféさんがニューヨークで人気だというチョコレートを持って来られて、「このチョコレートで何か新しいものを作りたい」とご相談いただいた時に、すぐに面白いお話やと思いました。先ほどお話ししたように、自分の中の意識や心境の変化があり、先のことを考えた「変化」も大切だと思うようになっていたことが、今回のコラボレーションにつながっています。タイミングがよかったというか、20代の頃の僕がこの話を聞いていたら、実現していなかったかもしれない(笑)。今、この歳だから実現した話です。素直に「面白い」と思えた自分がいたんです。
チョコレート餡の大福にしたのは、その昔、私の息子はアレルギーがあって卵が食べられなかったんです。それでチョコレートのお菓子を食べたいといった時に「何やったら卵入ってへんやろか」と悩んだことがあったんです。洋菓子だと、けっこう卵を使ったものが多いですから。で、「それやったら、自分でチョコレートのお餅作ったろか」ということで、チョコレート餅を作ったことがあって、そんな下地もあって、「チョコレート大福を作ろう」と思ったんです。

 

 

ご苦労や腐心された点はどういったところでしたか?

持って来られたnunu chocolatesというチョコレートは、自然素材にこだわってハンドメイドで作られているだけあって、非常にデリケートな特性のものでした。以前に私がチョコレート餅を作った時のものとは全く別物でしたね。特に苦労したのは火入れです。火を入れすぎると香りや風味がうまく出なくなってしまう。香りを飛ばさないように餡と配合する上で風味がうまく立つように火入れの加減に苦労しました。試行錯誤の繰り返しで、試作はかなりしましたね。カカオ分の含有率の違うものを3種類お預かりして試した結果、最も含有率の高いものを選びました。いちばんチョコの香りや風味が立つというか、餡やお餅と合わさってもチョコの持つ個性が負けないと思ったので。

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長五郎餅(写真奥)は、しっとりとした口当たりのあっさりした餡で伸びのよい餅との絶妙の取り合わせ。カフェのチョコレート大福(写真手前)は、餡の水分は少なめでチョコの濃厚な味わいが楽しめる。餅皮も薄めに作られており、繊細なチョコレートの風味を最大限に感じられるように仕上がっている。少し大ぶりなのも食べ応えがあってうれしい。

 

 

「老舗」として、これだけは守り続けたいと思っていることは、どんなことですか?

私どもがいちばん大切にしているのは、お客様に「美味しかったな」「また食べたいな」と思ってもらうこと。結局、それは日々の努力でもあるし、それが店の信用につながっている。毎日うまいこといって当たり前。だから、そのための勉強は怠らずにやる。例えば、日本には今は廃れてしまった家庭の伝統行事みたいなものがたくさんあります。子どもの生後1年を祝う力餅や、お食い初めのような儀式のお赤飯やお膳がありますでしょ。「もうきちんとわかる人が周りにいないけど、長五郎さんとこに聞いたらわかるんちゃうか」と相談に来られる方もいらっしゃる。そういったお客様のご要望にもきちんと確かに応えられる。あるいは、修学旅行で長五郎餅を食べて美味しかったと思ってくれたお嬢さんが、時が経ってお母さんになって京都へ訪れた際に「あの味がまた食べたい」と買いに来てくれることもある。そんな人に変わらない味で応えられるかどうか。毎日のことも特別なことも、お客さんの期待を裏切らない。そういう心がけが自分たちの自信につながるし、それがつまりは「老舗の信用」ということなのだと思っています。

長五郎餅本舗本店
京都市上京区一条七本松西入
075-461-1074
http://www.chogoromochi.co.jp/