JOURNAL #3

ル・プチメック 代表取締役製造補助 西山逸成さん

石の上にも三年、 お店というものは4年目に黒字になればいい。

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knot caféは、2015年7月、北野天満宮のお膝元という由緒ある地に縁あってオープンしました。
開店当初からのメニューであるチョコレート大福、CHOCO BOURO、KITANO BROWNIEをはじめ、今やすっかりカフェの顔となった出し巻きサンドやあんバターサンドなどは、カフェの所在する地元・北野で長らく愛されてきた名店とのコラボレーションによって誕生したものです。
この地に長く根付くカフェでありたいと願う思いから、同じ北野にある幾つかのお店とご縁を結ぶことができ、幸運にもご協力頂くことができました。ここでは、カフェにご協力いただいているお店の方々に今回のコラボレーションのエピソードのほか、さまざまな角度からお話をうかがい、ご紹介します。

 

1998年に今出川のお店を最初にオープンされましたが、1号店に北野の地を選ばれた理由は?

僕は以前、北野白梅町に住んでいて、とても住みやすい土地だと感じていたのと、あの辺はファストフード店が多くて、そういった需要が結構あるのだろうと思ったんです。それでもともとは北野白梅町で物件を探していたんですが、なかなか見つからなかった。その頃、僕は烏丸で仕事をしていたんですが、仕事の後、今出川を自転車で走っていて「テナント募集」の貼り紙を目にしたのが、あの場所だったんです。フランスに修業で行っていた時に、自分で店をやることになったら店内に貼ろうと思って買い漁っていたフランス映画のポスターがたくさんあって、それがものすごくデカいサイズのポスターだったので、「それが貼れる壁がある」ということが決め手となって(笑)、借りることを決めました。現在でも今出川のお店には、「地下鉄のザジ」と「ギャルソン」のポスターが貼ってあります。

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ル・プチメックという店名に込められた想いは?

店名は耳触りのよいポップな響きがあって印象に残るものにしたいと思いました。まだ若かったし、大仰な名前よりは意味を聞いたら「くすっ」と笑ってもらえるような洒落のきいたものにしたいなと。つい、どうやったら笑ってもらえるかを考えてしまうのは関西人の性ですね。「未完成」とか「大したことない」とか、いろいろ言葉を考えて、フランス語の辞書を3冊くらい調べまくって、ようやく「青二才」という意味を持つ「ル・プチメック」というワードに行き当たりました。メックってスラングですし、本来は「クソガキ!」くらいの意味だと思うので、かなり無理矢理な翻訳ですけどね。でも筆記体で表記した時に頭文字が「L」って見た目も綺麗だし、いいなと思って。濁音じゃないのもよかった。響きがかわいいし、覚えやすいし、字面も美しくて、意味が「クソガキ!」。「これしかない」と思いました(笑)。開店当初、お客さんに店名の意味を聞かれて「クソガキです!」と答えたら、ウケる人、ひく人、固まる人…、いろいろで面白かったです。後に、うちの店を訪ねてくれたフィリップ・ビゴさんは大絶賛してくれましたよ。「誰が考えたんだ!お前か?」って(笑)。もう心の中でガッツポーズをとりましたね。
うちの店、最初から順調だったと思っている人が多いんですが、開店当初はお客さんが来なくて本当に死にそうでした。それでも、毎日大量のパンを作って並べていた。税理士さんに「いい加減にしなさい」と怒られるくらい。それで原価率の低いパンが増えていったというのが、実はハード系のパンをたくさん焼いていた隠れた理由のひとつです(笑)。スタッフに支払う給料にも困る有り様で、ビゴさんにも「パンが全然売れなくて潰れそうなんです…」と弱音を吐いたくらいです。彼は「石の上にも三年って言うやろ。だから3年は頑張らなあかん」と励ましてくれました。
そんな暗黒時代の僕の心の支えになっていたことがあります。フランソワ・シモン氏。フランスの大新聞、フィガロの新聞記者にして“毒舌”レストラン批評家。当時、「BRUTUS」や「Casa BRUTUS」で日本のフレンチレストランやビストロ、パン屋を彼が実際に食べてみて辛口批評するという企画が何度も特集されていたんですが、僕は彼の大ファンだったんです。それで、「いつか彼にうちのパンを食べてもらおう」その一心でずっと焼き続けていたパンがありました。「パン・ド・カンパーニュ・ルヴァン」。酸味があり、全く日本人受けしないパンです(笑)。毎回捨てる覚悟で焼き続けていた。2年間も!売れないのに(笑)。でも、願い続けていれば叶うもんですね。お店を始めて3年目にCasa BRUTUSの企画で、シモンさんがうちの店に来てくれたんです。さらに誌上ブラインドテイスティングのランキングでは、うちのクロワッサンを関西のパン屋の中で1位に選んでくれた。バゲットもランクインしました。実は当時、僕は「日本人向け」のクセのない「パン・ド・カンパーニュ」と、シモンさんに食べてもらうために作り続けていた自家製天然酵母の「パン・ド・カンパーニュ・ルヴァン」の2つの「パン・ド・カンパーニュ」を作っていたんです。同じ名前で作っていたことが仇になって、テイスティング用に編集部にパンをお渡しする時に手違いが起きた。後で気付いて編集部にすぐ連絡をとったんですが、すでにテイスティングは終わっていて、結果は覆らないと言われました。諦めきれなかった僕は食い下がって、企画には関係なくという前提でパンを編集部宛に送り直し、なんとかシモンさんに「パン・ド・カンパーニュ・ルヴァン」を食べてもらった。悔しかったですが、仕方ありません。
その企画の威力はやはりすごくて、その後、店には全国の名だたるスターシェフが次々来訪し、さらに関西の情報誌ばかりだった雑誌の取材も全国誌、専門誌からのものが増え、メディアがメディアを呼ぶという状態になりました。3年を過ぎ、4年目に入る頃には、店前に他府県ナンバーの車が並び、クロワッッサンが100個以上も売れるようになった。ビゴさんの「3年は頑張れ」というのは正しかった。ちなみに、後日「パン・ド・カンパーニュ・ルヴァン」を食べて「エクセレント!」と直接僕に電話をくれたシモンさんは、ル・プチメックという店名もお気に召したようでした(笑)。

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Casa BRUTUSの企画では関東・関西の別でランキングが発表され、クロワッサンが1位、バゲットが4位だった。そして手違いで渡した「パン・ド・カンパーニュ」も堂々4位にランクイン。プチメックでは、今現在は「パン・ド・カンパーニュ・ルヴァン」だけを作っているそうで京都では今出川のお店でのみ販売。

 

 

京都、東京とお店を増やしていく過程でそれぞれのお店ごとのテーマカラーを決めていらっしゃいますよね? そういったコンセプトはどのようにして作られたのですか?

通称「赤メック」と呼ばれている今出川のお店は、実は開店当時は「緑」の看板だったんです。赤でやりたかったんですけど、京都は景観保護のための規制が厳しくてOKが出なかった。それで2番目の候補だった深い緑になりました。ただ、店内はパリのビストロのような雰囲気にしたかったので、テーブルクロスは今と同じ赤と白のギンガムチェックでした。開店から3年が経ち、かなりお客さんが増えてきたのでイートインのスペースを広げるために改装したんですが、その時にダメ元で看板を赤にできないか再交渉したんです。言葉で「赤」って言うと断られると思ったので、パリで撮ってきていたワイン屋さんやビストロの写真を見せてワイン色というか、黒の入った落ち着いた赤でケバケバしい色ではないと説明して、ようやくOKをもらったんです。それでショップカードやショップバッグも赤に統一しました。
その後、烏丸御池に2号店を出すんですが、このお店を出したきっかけは「冷蔵ショーケースを使いたい」というところから始まるんです。今出川の店では、エスカルゴや仔羊、鴨などを使ってフランス料理を疑似体験してもらうようなつもりでパンを作っていたんですが、パンを常温でディスプレイする以上、悪くならないように素材を焼き込んで必要以上に火を入れなければならなかった。そんな日々を繰り返すうちに「冷蔵ケースがあれば、こんなに焼き込まなくてもいいのに」とフラストレーションが溜まっていたんですね。その反動で、生もの=惣菜を使ったデリとパンのお店をやりたくなった。そのためにはまずは「冷蔵ショーケースだ」と。今でこそケーキ屋でも見かけますが、当時はピエール・エルメやサダハルアオキといった最先端の有名パティスリーくらいしか使っていなかった一段のスタイリッシュなお洒落冷蔵ショーケースをどうしても使ってみたかった。それがあれば、本格デリ(惣菜)をパンと一緒に売るという、僕流のファストフード店がやれると思ったんです。それで2号店を出すことになって考えたのは、今出川店とか烏丸御池店とか呼ばれるのは「THE チェーン店」みたいで嫌だった。だったら、コンセプトが違うし2号店は別の店名を新たにつけようと思ったんですが、相当考えたものの、ル・プチメック以上のものは出てこなかった(笑)。そこで、今出川は赤が基調になっているので、色で分けようと思いついたんです。じゃあ、2号店はスタイリッシュなケースを置くのだから、どう考えてもイメージはシックな黒だと。ショップカードや袋はもちろん、黒いシャンデリアをネットでわざわざ探して店内を黒で統一しました。おかげで高級感が出過ぎて、店を外から覗いたお客さんが一旦帰ってお友達を連れて恐る恐る来店するという事態になったりするくらいでした(笑)。今出川の店を想像していたお客さんにとっては全然イメージが違う店だったんだと思います。お店というのは普通、1軒目がうまくいったら、2軒目も同じような店を出すというのが定石なのでしょうが、それだとどう考えてもアクセスのよい烏丸御池にお客さんが集中して今出川には来てもらえなくなる。それじゃ意味がないから、2つのお店をハシゴしてもらえるように全く違うコンセプトのお店にしようと。スタッフは最初、誘導用の看板すらなく、およそパン屋に見えない真っ黒な外観を見てお客さんが来てくれるだろうかと不安がっていましたが、「3年は我慢しよう」って言いました(笑)。4年目に黒字になればいいからって。
そんな頃、今出川の店内でお客さんが食事しながらウチのお店のことを「メック、メック」と呼んでいるのを聞いて、略称で呼ばれるというのはお客さんに認めてもらったというか、それだけ店名が浸透してきたんだなと嬉しくなりました。モスバーガーが「赤モス」「緑モス」と呼ばれて親しまれていた時代だったし、ウチの店も「赤メック」「黒メック」と呼んでもらえる日も近いなと確信しましたよ。
そして、数か月後には案の定、ネットで「赤メック」「黒メック」と呼ばれるようになっていたんです。
東京からお誘いがあって、新宿に3号店を出す頃には、同業者や友人から「次は何色にすんの?」と聞かれるようになっていました(笑)。新宿は東京初進出だし、初心に還るという意味で1号店でもともと使っていた深いグリーンにしたいと思いました。ただ、実際は緑が深すぎて「黒にしか見えない」という意見もありましたが(笑)。

 

その後、渋谷に違う業態のお店を出されましたね。

4店舗目は、あるイベントがきっかけで知り合ったランドスケーププロダクツの中原慎一郎さんのご紹介で、神宮前のタケオキクチビルの3階へ出店しないかというお話をいただきました。東京でプチメックとしてのパン屋は新宿のマルイ本館にすでにありましたから、違うものをやりたかった。僕はもともとファミレスのようなものをやりたいとずっと思っていたので、「今回はパン屋ではなくて、これこれこういう構想を持っているのですが…」と提案したら、賛同してもらえたんです。僕は若い頃からアンチアメリカでアメリカの文化にまったく興味が持てなかったんですが、スターバックスやDEAN&DELUCAの動向や、近年の世の中的な流れもあって、アメリカ的なものを「ちょっとカッコいいな」と思うようになってきた。それで、4店舗目はそういうイメージで、中原さんにお店のコンセプトを相談するのに、ネットで集めた「僕が今回イメージするアメリカ的なお店」の画像を見せたんです。そしたら彼が iPhoneに撮りためていた写真を見せてくれて、二人とも驚くくらい写真がシンクロしていた。中原さんに「一緒にLAに行きましょう」と誘われて、4店舗目の準備のために生まれて初めてアメリカへ視察旅行に出かけました。それでできたのが、レフェクトワールです。食堂のようなカフェテリア形式のサンドイッチを中心に食事をしてもらえる店です。店名の名付け親は、プチメックのサイトでもコラムを書いてもらっているパンラボの池田浩明さん。もう僕は2店舗目で店名のアイデアが逆立ちしても出てこないと悟っていたので、他に責任転嫁しようと思って彼にお願いしました(笑)。池田さんはかなりのフランスオタクですから、僕なんかよりも引き出しがあると思ったんです。なので「食堂」というイメージを伝えて彼が考えてくれたのが「RÉFECTOIRE」でした。食堂という意味の言葉は「カンティーヌ」という単語もあるのですが、調べてみると割と使われているというのもあって、レフェクトワールにしました。Rで始まる字面が綺麗でいいなと思ったのもあります。

 

knot caféとのコラボレーションについては?

knot caféさんとのつながりは、中原さんが間に入ってご紹介いただいたのが最初です。僕にとって、「中原さんからのお話はいいお話」と決まっていますから、迷うことなくお受けしました(笑)。カフェからは「アメリカ的なパストラミたっぷりのサンドがやりたい」というのが最初のご依頼だったと記憶しています。それなら「チャパタ」というパンがいいんじゃないかとお返事しましたが、紆余曲折あって、それは見送られました。そのあと、スライダーみたいなミニバーガーをやりたいという話になり、それなら、うちの店で作っている塩パンというプレーンなパンがぴったりだとオススメしました。スライダーというのは、数年前にNYで大流行したミニバーガーのことで、そのかわいらしい見た目も相俟ってアメリカではスポーツバーやパーティでのフィンガーフードとして大ブームになりました。プチメックでは「プチサンド」という名前でいろんなお惣菜を挟んで提供しているのですが、よりバーガーらしく見えるようにknot caféさん用にはパンの上に白ゴマを乗せてバンズっぽくしました。今回うちはそのバンズだけをお渡しして、何をサンドするのかも含めてあとはすべてカフェにお任せしたんですが、最終的に「あんこ」と「出し巻き」という、とても京都らしいメニューになりましたね。
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おかげさまで、出し巻きサンドとあんバターサンドは、1日100個以上出る日もあるほどのカフェの「顔」的存在になりました。ありがとうございます。
今後もパンを使ったアメリカンなメニューのラインナップを企画中ですので、よろしくお願いします。
では、西山さんが、今後おやりになりたいことは?

プチメックは、今年の元旦からコラムを中心とした自社サイトを始めました。外部に頼らず自分で管理しているので、大変ですが、自分のペースできめ細かいメンテナンスができます。読者がいつ来ても新しい情報に触れてもらえるように更新を頻繁に行い、自社の宣伝ではなく、一般的な読み物として楽しんでもらえるように心がけています。コラムは本当に多彩な顔ぶれの方々に書いていただいているんですが、多くの外部コラムニストに混じって、僕もいろいろ書かせてもらっています。最近は経営についてのあれやこれやも書くようになりました。目下の興味は「機械」「ロボット」「AI」といったテクノロジーの話です(笑)。テクノロジーの開発が、未来が、我々の経営環境をどう変えてくれるんだろう、みたいなことを考えたりしています。僕たちを取り巻く経済的な環境を考えたとき、資本主義が前提である以上僕らは経営者として事業を拡大させてゆくしかありません。スタッフに対する責任もありますし。そんな僕にとっては、今、EC(電子商取引)の可能性はとても魅力的です。急に難しい話になりましたが、要は通販です(笑)。自社サイトを始めたことでもありますし、近いうちに通販も始めたいと思っています。内容はパンにはこだわりません。雑貨でも本でも、僕の興味のあるものなら何でも扱います。頑張って生きられたとして、あと30年。「その間にAmazonを倒せるか?」そんな途方もない話をしてスタッフを呆れさせています(笑)。

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Le Petitmec
京都市上京区今出川通大宮西入ル元北小路町159(今出川店)
075-432-1444
http://lepetitmec.com/